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歌の話

 投稿者:kiyoshi  投稿日:2008年 2月 1日(金)11時22分15秒
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  このところ秀彦さんの関心は、ウタ、死、呪力に向かっているようですね。そこで思ったのです。人に限らず、生き物は必ず死ぬのですが、そのことこそ、実はウタの原点ではないかしら?
生きているうちは、なんと言っても、命まったき者として、精一杯生きていたいのですが、人は一人で生きるわけに行かない。人と繋がってこその生甲斐。
宣長さんが、和歌について、作品を人に示すという事は、案外大事な事であって、けっして「仮令のことにあらず」というのは、そのことを言っているのではないだろうか。つまり、ウタは、人を、死から引き離してこの世界に引き寄せ、人の世におのおのの自分が生きてある事の安心と元気を、人に示す事を通して、各人に齎す拠り所のような物。そのようにして人が生き続けていく力を人に与える物が、ウタであり、またそのような働きこそが、ウタの呪力ではないかしら。
呪術というのは、その意味では、死んだ人に、まだ生きている人が繋がって、そこから、新しく生きていく力を授かる為の、いはばこの世の方便。ただし、この方便には、累々と死んでいた人たちの、生きる為の知恵が伝承されているのではないかしら。そして、その伝承のバトンを受け取るのは、ほかならぬ僕達の「いま・ここ」。だからこそ僕らは、バトンを受け取る為に、死んだ人と今生きている人の双方を前にして、自分の「いま・ここ」を自分の中で検証すべきなんだと思うのです。世にいう写生説というのも、結局は、自分と世界の関係を言葉に直して行くのですから、その意味ではこれは、「人に示す」、つまり、人と繋がろうとする事で、ひとつのリレーです。一旦バトンを受け取ったら、後は全力で走るのみ。人それぞれに、走り方は違うのですが、この、人をして「全力で走らしむ」というところが、ウタの呪力なんじゃないかしら。てな風に、今は考えています。
 

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